STORY #2

【日付の無い約束】

378views

このホテルでは、他のホテルではほとんど見ることがないシーンに出会うことが多い。
そしてそのシーンは、結局、一番記憶に残ってしまう。
今朝もそうだった。

 

宿泊客と思われる品の良い外国人のご夫婦が、
ホテルオーナーに何かを手渡し、ハグをして旅立っていった。
以前から何度か訪れているが、宿泊客とホテルスタッフとの会話が、
まるで旧友と親交を深めているかのように見えるのだ。

それは決して馴れ馴れしいのではなく、
リスペクトを感じる、節度ある親しさだ。

 

今日のシーンがどういうものだったのか、
いろいろなストーリーを想像していたとき、オーナーが声をかけてくれた。

「何度かご利用いただいてますね」
きっと、私が先ほどのシーンについて想いを巡らせていることを察してくれたのだ。
軽い世間話の後、気になっていたことを聞いてみた。

「親しいご友人だったのですか?」
すると、少し微笑んで、先ほどのシーンへと至るストーリーを聞かせてくれた。

 

「最初のご宿泊は、春の天気の良い日でした。」
そういってオーナーの棚原さんは静かに話し始めた。

「チェックインを終えたお二人は、
お部屋のテラスから浜比嘉島の海を眺めながらワインを愉しまれていました。
言葉は少ないけれど、時々微笑み合うお二人の姿は、まるで浜比嘉島の自然に染み込んでいるようでした。
カフェのレコード棚からお気に入りのジャズアルバムをみつけ、
『部屋で聞いてもいい?』と言って、4〜5枚のレコードを抱える姿もまた、
自然体のお二人を象徴したシーンかもしれませんね。」

 

不思議だった。
人にはパーソナルスペースがある。
お客様とスタッフとの関係の場合はなおさら、
その距離感は丁寧に見極めなければならない。
しかし、このホテルはどうだろう。
人間を中心にしたパーソナルスペースの円が滲んで、
お互いの円が曖昧に溶け合っている。
当の私も、この会話をなんの違和感もなく愉しんでいる。
ホテルであることを忘れてしまいそうだった。

 

 

棚原さんは続ける。

「1度目の滞在で見るお二人の姿があまりにも印象的だったので、
2度目の滞在では、つい、『写真を撮らせていただけないでしょうか?』と

お声をかけてしまいました。
夕日をバックに白ワインを傾けるお二人が、本当に美しかったのです。

 

そして、ご夕食時には、ご家族のお話を聞かせてくださいました。
米軍関係のお仕事で沖縄に来て2年が経つということ、
3人のお子様がアメリカで学生生活送っていること、
本当はこの島でずっと暮らしたいと思っていること。
他にもたくさんのお話を聞かせていただきました。

 

そして迎えたチェックアウトの日、とても驚く出来事がありました。
すでに3度目のご予約いただいていたのです。」

 

 

ここはそういう場所なんだ——

私は心で理解した。
誰かの意思で押したり引いたりすることがない、
ただ流れる時間に自分を委ねて良い場所なのだ。

 

 

 

 

「レコードドネーションってご存知ですか?
その意味を教えてくださったのも、あのご夫婦だったんです。」
この言葉は棚原さんからのとても粋なヒントだった。
私が見たシーンはきっと、
このストーリーの最後、3回目のチェックアウトだったのだ。
手渡していたのは、ご夫婦が大切にしていたレコードだった。

「この日の滞在は1泊だけでした。
実は来週には米国に戻られるそうです。
『何年後になるかわからないけど、次は家族全員で来るね』
と言ってくださいました。」

この先は、私の想像だ。

3回目の宿泊は、レコードを託し、日付の無い約束をするための1泊だ。
レコードはあのご夫婦の想い出、いわば大切な過去だ。
日付の無い約束は、レコードと同じくらい大切な未来だ。
私は偶然、その過去と未来の、ちょうど真ん中に出会ったのだ。

 

おかわりのコーヒーを注文した。
にっこりと微笑んで立ち去る棚原さんの後ろ姿を見送り、
レコードを持っていない自分を、少し残念に思った。

高橋大介

WRITER

高橋大介Daisuke Takahashi

IT技術分野からキャリアスタートし、現在はマーケティング・ブランディング分野に。ストーリーテリングも研究中。

CONTACT

ご宿泊・カフェに関するお問い合わせは下記よりご連絡ください。

お電話でのお問い合わせ 098-983-1413 メールでのお問い合わせ CONTACT FORM 24時間受け付けています。