STORY #17
【一冊を読み終えない贅沢】
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ここは、何もしなくていい場所です。
予定を詰めることも、どこかへ向かうことも必要ない。
ただ、時間が過ぎていくのを見ているだけでいい。
それだけのことが、日常の中では意外と難しかったりします。
島を訪れる人それぞれに、理由があるのかもしれない。
けれどその理由は、言葉にしなくていいものだと思います。
仕事かもしれない。子育てや家事かもしれない。
あるいは、誰かのために使ってきた時間かもしれない。
そういうものを一度そっと下ろして、身軽になるために来る人たちを、ここは迎えます。

彼女が来たのは、春のやわらかな風の吹く日でした。
ガーデンの木々には新芽がつきはじめ、プルメリアの枝先にも小さな葉がひらきはじめる頃。
光はやわらかく、風にはまだどこか、季節の変わり目の気配が混じっていました。
年齢はおそらく、30代後半から40代。 背筋がすっと伸びた、静かに整った佇まいの人でした。
黒い長い髪をひとつにまとめ、無駄のない所作でゆっくりと過ごしている。多くを語る方ではありませんでしたが、
日々を丁寧に生きている人だということは、自然と伝わってきました。
チェックインのとき、彼女の手には数冊の本がありました。
読みかけのものをそのまま持ってきたような、軽やかな束ね方で。
滞在中、彼女はほとんど、カフェのテラス席にいました。
海と空の境界にいちばん近い、いつもの席。
本を開く。潮の香りを含んだ風が、すっと抜ける。ページが一枚、また一枚と、いたずらのようにめくれていく。
栞を挟まなければ、どこまででも進んでしまいそうなくらいに。
けれど彼女は、それを止めるでもなく、ただそのままにしていました。
ふと顔を上げると、視線はそのまま遠くの海へとほどけていく。
波の音と、風の音。光の揺らぎ。 時間が、輪郭を失っていく。
足元にはヘッドフォンがそっと置かれていましたが、使われている様子はほとんどありませんでした。
ここでは、何かを遮る必要がなかったのかもしれません。
本の上には、栞が挟まれたまま。 どこまで読んでいたのかも、もうあまり意味がないように見えました。
二泊三日の、最後の朝。
チェックアウトのとき、少しだけ言葉を交わしました。 彼女は穏やかな表情で、こう言いました。
「とてもゆっくりできました。ありがとうございました」
少し間を置いて、
「読もうと思って持ってきたんですけど、それだけで、十分でした」

本は、ページをめくるためにあるのかもしれません。
けれどここでは、めくることのない時間のほうが、静かに残っていきます。
何かを得るためではなく、何かをほどくための滞在。
ページをめくることのない時間さえ、ちゃんと意味を持つ場所。
沖縄の小さな島、浜比嘉島。道の終わりにあるホテル。
そこで人は、少しだけ、自分を取り戻すのかもしれません

WRITER
シーサー・ハマSeaser Hama
413hamahiga hotel&cafeの物語を担当する守神
シーサー浜と申します。
どうぞお見知りおきを。
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