STORY #6

【最果てに灯る宿】第3章 運命の決断

61views

第3章 運命の決断

オープンから数年が経ち、施設としての形は整い、宿泊者も増えていた。それでも現場に立てば、課題は山のように残っていた。夏の繁忙期を過ぎると、スタッフの表情には疲れがにじみ始める。ただでさえ少ない人数で回していた現場に、不測の出来事が重なり、さらに負担は大きくなっていった。一人ひとりが限界を超えて働かざるを得ず、そのひずみは次第にチーム全体へ広がっていった。努力を続けても改善の兆しは見えず、空気は重く、負の連鎖に引き込まれていくようだった。

私は石原さんとスタッフの間に立ち、調整役を担うことが増えていった。「もっと効率的にできる方法があるはずだ」「でも、現場の事情を理解しなければ動けない」そんな思いの板挟みになり、次第にこの場所への向き合い方を問われるようになっていった。

ある日の打ち合わせのあと、石原さんはしばらく黙ったまま深く息を吐き、重たい声で言葉を落とした。
「……正直、このままじゃ誰も守れない。ただでさえ人が足りていないのに、次から次へと想定外のことが起きて、みんなが疲弊していく。俺だって何とかしようと考えているけど、出口が見つからない。方法を探せばまだ改善できるかもしれない。でも、それがすぐに見つかる可能性は低い。このまま無理を重ねれば、いずれ誰かが壊れてしまう。そうなる前に……売ることも考えなきゃいけないのかもしれない」

言葉が途切れるたびに、吐き出す息が重く響いた。経営者としての責任と葛藤、そのすべてがにじみ出ていた。売却という二文字が、初めて現実の選択肢として突きつけられた瞬間だった。その言葉を聞いた瞬間、胸の奥でスイッチが入った。

「それなら、僕に譲ってください」

普段の私は慎重派で、石橋を叩いて渡るタイプだ。それでも、人生の節目には必ず直感が働く瞬間がある。海外へ買い付けに行くと決めたとき。自営業を始めると決めたとき。大きなイベントを開催すると決めたとき。これまでの大きな決断は、すべて即決だった。迷いや不安を一つひとつ検証する時間はなかった。いや、必要なかった。体の奥底から湧き上がる確信が、すべての答えを教えてくれていた。今回も同じだった。理屈ではなく、魂が「やれ」と叫んでいた。

驚いた表情を浮かべた石原さんは、間を置いて問い返した。
「……本気なの?」
迷いはなかった。私は即座にうなずいた。

その夜、妻に相談した。
「やろう。進めよう」
彼女の言葉は、背中を押してくれる力強い一言だった。これまでも、人生の大きな決断の局面には必ず、妻は「やろう!」と声をかけてくれた。彼女の中には確固たる信念があった。やらなかった後悔の方が、やった後の後悔とは比べものにならないほど重い。壁があればぶち当たって進もう。そういう人だった。

家族を抱えての大きな決断だ。不安がないわけではない。それでも、彼女のその姿勢が、いつも私の迷いを吹き飛ばしてくれた。今回も同じだった。二人で進む道なら、どんな困難も乗り越えられる。そう思えた。

翌日には、不動産の担当者に連絡を入れた。以前マンション購入の際に世話になった信頼できる人物だ。ランチミーティングで事業計画について話し合い、法人化と資金調達の条件を確認した。やれるのか、やれないのか。答えは──「できる」だった。

2018年12月、413hamahiga hotel&cafeは一旦休業に入った。私たちは法人設立や資金の準備に奔走しながら、同時にアパレルショップとデザイン事業の整理も進めなければならなかった。それまで積み上げてきた仕事を一つひとつ丁寧に畳み、新しい道へと踏み出すための準備を整える。夫婦で体も頭もフル回転させ、朝から晩まで休む間もなく動き続けた。

慣れない法人手続きの書類と格闘し、銀行や行政機関を何度も往復する。合間を縫って子どもたちを保育園に送り迎えし、夜は二人で今後の計画を練り直す。やるべきことは山積みで、一つ終わればまた次のタスクが待っている。小さな子どもを抱えながらの怒涛の日々は、体力的にも精神的にも限界ぎりぎりだった。

それでも、この島の最果てに立つホテルを前にすると、不思議と心は揺るがなかった。「ここなら、人生をかけられる」その確信があった。そして私は思い描いていた。単なる宿泊施設ではなく、島そのものの価値を伝える拠点にすること。訪れた人が海や風、空の色に触れて、自分自身を取り戻せるような場所にすること。浜比嘉島の未来とともに歩む「もうひとつの物語」を紡ぐこと。

休業は終わりではなく、再生への助走だった。このときすでに、新しい413hamahiga hotel&cafeの姿が、心の中にはっきりと見えていた。

シーサー・ハマ

WRITER

シーサー・ハマSeaser Hama

413hamahiga hotel&cafeの物語を担当する守神 
シーサー浜と申します。
どうぞお見知りおきを。

CONTACT

ご宿泊・カフェに関するお問い合わせは下記よりご連絡ください。

お電話でのお問い合わせ 098-983-1413 メールでのお問い合わせ CONTACT FORM 24時間受け付けています。